2008年05月16日

かんな文庫〜第75章『オチテクウサギ(6)』〜

「──っ、ああああああ、最悪」
 自宅に帰った兎萌は、ドアを閉めると暗い玄関にうなだれた。
 あのあと泣き崩れた兎萌は目を真っ赤に腫らしてしまったため、マスターの機転でバイトを早上がりしたのだ。
 心配そうに駆け寄ってきた逢が心配したのか、顔を覗き込んできたのを、兎萌は思わず全力で拒絶した。
 顔を背け、一切、逢と目を合わせなかった。
 右目の隅のほうに、傷ついた表情の逢が見えたが、何も思わなかった。
 吐き気がしていた。
 それどころではなかった。
 瞬と逢が仲良さげに談笑していたのを見て、兎萌の胸中にどす黒い感情が渦巻いた。そしてそんな自分に瞬時に気付き、嫌気が差して、自分に、嫌気が差して──泣いた。
 瞬と出逢ってからそれなりに日が経過している兎萌ですら、まだあそこまで親しく話すことなどできない。緊張して、嫌われたらどうしよう、下手なことを言ってしまわないか──。懸念が不安に爪を立てて、恐怖心へと姿を変えて、兎萌の心を引っ掻き回すのだ。瞬を仕事をしながら見つめ、たまに目が合ったら、わずかに笑む。それが、兎萌にとって精一杯だった。
 だからまだ、兎萌は瞬とは必要最低限しか会話していなかった。
 自分は逢と違って、無愛想だから。
 自分は逢と違って、人懐こくないから。
 だから。
 自分はいつも瞬を見守って、その間に自分の内面を磨いて、いつか、ひそかな思いに気付いてもらえたら──それで、あわよくば応えてもらえたら。
「──だからなんだってのよ」
 独りごちて、兎萌はボブカットの髪をかき上げた。
 電気も点いておらず暗いだけの玄関。コンクリートはひんやりと冷たい。思考はこんなにも熱く、沸騰しそうだというのに。
 兎萌の意志とは関係なく、脳裏にさっきの情景が浮かんだ。ボーテシエルのカウンター越しに向かい合って話し、ときに笑顔を交し合う、瞬と逢。それをただ傍観している、自分。会話を純粋に楽しんでいる二人を見る澄ました顔に時折、曖昧な笑顔。逢を見守るように視線を送っているが、けれどもそれは──
「──アイ?」
 バッグに入れた携帯電話が鳴った。
 スライド式の携帯電話の大きなディスプレイには、アイ、の二文字。おさまっていた吐き気と嫌悪感が首をもたげた。
 電話だった。
 出る気にならず、暗がりにぼうっと浮かぶ明るいディスプレイだけが、機体を震わせて早く出ろと兎萌を呼ぶ。
 電車に乗るためにマナーモードにしていた。いつもなら、逢によって半ば強制的に設定された専用の着信音が鳴り、ポップな女性歌手の歌声が響くが、音もなく、今は嗚咽をこらえるように震えるだけ。
 何を言う必要があるというのだ。
 ──分かっている。逢は自分を心配して、電話をかけてきているのだ。
 出るべきか、出ざるべきか。
 出たほうがいいことは分かっている。頭では分かっている。だが、ココロが追いつかない。
 出て、逢と冷静に会話できる自信が、ない。
 頭の中を、瞬と逢の楽しそうな姿がぐるぐると浮かんでは消えて浮かんで回る。
 初対面の人にも物怖じせずに人懐こく話しかけ、そのまま仲良くなる逢。今回も例外なく、それに適っただけ。
 瞬と初めて会った逢が、ただ、いつものように、他の客と同じように、瞬に話しかけただけ。瞬も、逢に話しかけられて応じただけ。
 自分にはできない速度で、自分よりも少し、親密になっただけ。
 そうこうして迷っているうちに、七回、八回と振動し──十回目の振動の途中で、切れた。不在着信の通知だけが、虚しく画面に光る。
 携帯電話を握り、兎萌は膝を抱えた。
 思考がぐるぐると回る。
 別に何があるわけでも、あったわけでもない。兎萌も逢も、いつものように仕事をしていただけ。兎萌は冷静沈着に仕事をこなし、逢は店に来た常連客との会話を楽しみながら、コーヒーや紅茶をサーブする。
 まったくもって、いつもと同じ。
 相手がただ、瞬だっただけ。
 だが現実として、そんな逢に会うために店に来る常連もいる。逢との会話が楽しいと、会社の帰り道に少し寄るだけの客もいる。逢はただ笑って、話して──黙々と仕事をする兎萌にはない、それはある種の魅力。
 吐き気がする。
 どろりとした感情の奥底で、何かがごろり、と動いた。
 ──ドウシヨウ。
 ──瞬モ、ソンナ客ト同ジヨウニ、逢ノコトヲ気ニ入ッタラ。
「────っ!」
 短い間隔の携帯電話のバイブレーション。メール着信。ディスプレイを見ずともすぐに分かる。電話に出なかった兎萌を案じた逢からのメールだ。
 きし。
 小さく小さく、携帯電話が兎萌の手の中で軋んだ。無意識のうちに、携帯を握る手に力が入っていた。小刻みに右手が震える。握る力で振動を抹殺できればいいのに。
 三十秒ほど着信音が鳴る設定にしているため、バイブの振動回数も、覚えている。
 あと三回、二回────
「──────────」
 携帯を握る右手の親指にぐっ、と力をこめ、兎萌を呼ぶ声を黙らせる。
「認めるわよ」
 唇を噛む。
「あたしは逢に敵わないわよ。逢を僻んでるわよ。逢をねたんでるわよ」
 吐き捨てるような声、振った顔につられて、熱い目の奥からこぼれた涙が、玄関のコンクリートを黒く穿った。



〜☆追記☆〜
久しぶりの『オチテクウサギ』でした〜。
前回は54章のかんな文庫です。

なんか軽くドロドロした展開です。
久しぶりすぎてテンションが……w

また不定期に連載していきますので、生ぬるくお付き合いください〜☆

全員、退却ー!!


merryheart at 01:26 │Comments(10)TrackBack(0)clip!メイド日記 

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この記事へのコメント

10. Posted by かんな    2008年05月21日 01:09
こだわりのブルーさん>
どろりとしだして、ちょっとこの小説のテンションが楽しくなってきましたw
メリーはやっぱり、ゆったりまったりがある意味の「らしさ」ではないでしょうか☆
かんなもまったりしてるのが大好きです♪たくさんご主人様方とお話しできますし☆☆
変形sternも、いつでもどうぞ☆わたしがいればいつでもおつくりしますよ。
あの「いつもの」は、マーボーナスの変形版とw
ちなみにかんなはなすがきらいです(えー)。
9. Posted by こだわりのブルー    2008年05月18日 00:07
そうですね 今までは軽い感じだったけど、ちょっとドロドロし始めたけどどうなるのかまだわからない溶岩のような感じかな!?(ちょっとわかりにくい表現?(^_^;) )
merryも最初バタバタしたけど、後半まったりみたいな!なんか不思議な感じでしたね!
ブルー的にはステルンも久々に飲めたし、ゆっくり出来て良かったかな
ちなみに『いつもの』おかわりしちゃいました!あれはご飯が進みますね!ご馳走さま!
8. Posted by かんな    2008年05月17日 23:58
わんころじ〜さん>
はいそこ!
またそのネタやらないのっ!!
ジャーキー、おあずけですよ?w
あっはっは。
夏休みの宿題か、秋の読書月間の感想文課題のどちらかになることは確定していますよ。
コロさん、期待してますwニヤニヤ。
えっと……「前作同様に」てのは、「貴様、今回も本にしやがれ」と解釈してよろし……うぁお。(何)
7. Posted by かんな    2008年05月17日 23:56
にしやんさん>
どーもです。
セカンドは、にしやんさんだけです。ちゃんと気付いて、わたしに言ってくださったの!
挙句「え、それ今まで着てなかったっけ?」的なコメントすら頂戴していたりする色なのでw
連載、もうレクイエムが執筆終了しているので、またちまちまとやっていきます☆
生ぬるくお付き合いくださると嬉しいです。
6. Posted by かんな    2008年05月17日 23:54
さぃとぅ ひろぁきさん>
待っていただけていた!?
ありがとうございます、もう本当にありがとうございますっ!!
わたしの多芸は無駄な好奇心の賜物ですw
今までほのぼのな感じ(当社比)だった分、今回のどろっとした感じが生きるんじゃないかなぁ……とかうぬぼれてみたりしてます。
そして、誰もが経験したことがありそうなシチュエーションですw
逢がライバル……なのかは、いつか暴露されるとして。(あ、逃げた)
恋と戦争は何でもアリですと!?
恋愛は確かにある意味ではバイオレンスかもしれませんね。
がっつり、兎萌を応援してあげてくださいっ!!(そんなわたしも兎萌派ですw)
5. Posted by かんな    2008年05月17日 23:48
水嶋先生>
たの……楽しみにしていただいて!?
ありがとうございますっ!!
今回は、恋愛のどろっとした部分にあわせて、兎萌の弱いところと強いところを出せたらいいなぁ、と思いました。
恋は確かに綺麗な部分ばかりじゃないですよね。やきもちも、可愛いっちゃ可愛いですけど、醜いっちゃ醜いですし……。
でもそういう部分も含めて、恋っていいなぁ、と考えているわたし。若干、兎萌がうらやましかったりしますw
文才……もう、本当に恐縮です。そんなにお褒めに与り光栄なんですが、なんだか申し訳ない感じも。
でもでも!!
楽しみにしていただけるのは、とても励みになります!
これからも頑張って書いていきます〜☆
4. Posted by わんころじ〜    2008年05月17日 14:17
夏に向けて、『ウナギ』始めました。(?)
再開ですな。夏休みの宿題になりそうな…?
てか、暑い。コロです。


前作同様に、感想はまとめて最後に。
(↑『前作同様に』がポイント)
3. Posted by にしやん    2008年05月17日 04:45
どーもです。かんなさん。

連載再開お疲れ様です。

さて、セカンドカラーについてですが、あれはよく見ないと分からないですね。
でも、すぐに分かりましたよ。
一応確認はしましたが…
2. Posted by さぃとぅ ひろぁき    2008年05月16日 15:46
4ヶ月ぶりの連載、待ってました。フレア、メッセージカードのイラスト、そして小説と、最近はかんなさんの多芸を立て続けに堪能することが出来て楽しいです。

今までの雰囲気が一転し、今回は兎萌の激しい心情が生々しく描写されてますね、自分にもじーんとくるものがありました。
幼馴染がライバルだというのもなかなか辛いものでしょう、英語の諺で「恋愛と戦争では何をしても許される」みたいなのがあるようですが、やっぱりいつの世も恋愛とはバイオレンスなものですな。そういう事を考えてると自分も逢さんばりに拳を握り締めて兎萌さんを応援したくなりました。
次回も楽しみにしております。
1. Posted by 水嶋    2008年05月16日 02:17
小説…楽しみにしてました。
でもこの感情…少なからず誰でも持ってますよね…。誰かと比べたり妬んだり…。認められるだけ兎萌はすごいと思う。
恋ってやっぱり綺麗なだけじゃないんですよね…ドロドロっとした何かがあるんですよね。恋は難しいですねw
やっぱり文才ありますね!今後も楽しみにしてます。

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